いきなりですが、過日とても感動したことがありました。
と言うのも、8月から母校明治大学野球部は長野県の高森町と飯田市で恒例の「高森合宿」を行っています。
高森町は、明治大学野球部中興の祖とも言える故島岡吉郎監督の生誕地。そんな所縁もあり、かれこれ20年ほど連続で秋の天皇杯奪取に向け、この時期に「高森合宿」を行っているのです。
そこで、私も中部駿台倶楽部(OB会)の役員として、OB数名を伴って激励に行って来ました。
当日は、全体練習後に紺白戦(明治大学野球部は紅白戦を紺白戦と呼びます)。その後仕上げのバッティング練習を行っていました。プロ12球団注目の選手が数名いることもあり、練習と言えどもかなりの迫力がありました。
さて、練習後は長野県野球協会が主催をして、地元の中学生約80名を迎えての野球教室です。
感動したのは、この野球教室でのことです。
野球教室に参加する中学生が集まり始めると、明治大学野球部の選手がベンチ裏に姿を消しました。
「あれ?」と思っていると、なんとこれまでの練習着から公式戦用のユニフォームに着替えてくれていたのです。
遥か昔、長野に明治大学と中央大学がオープン戦でやって来ました、その試合で当時の飯島野球少年はボールボーイをさせて貰いました。この時、間近で見た明治大学野球部のユニフォームがなんと恰好良かったことか。以来、プロ野球より東京6大学野球に憧れるようになったのです。
気温33度。これまで野球用Tシャツだった選手が、試合用のユニフォームに着替えて登場。その選手の姿とユニフォームを間近で見た約80名の中学生の中には、きっと当時の飯島少年のような気持ちを抱いた彼がいるはずです。
「野球教室とういう対外的な公式行事には、必ず公式戦用のユニフォームに着替えるよ。」と、明治大学野球部の田中監督。
加えて、「ってさ、飯島達の代もそうだったはずだぞ。」と。
私は忘れていましたが、この矜持に感動すると共にとても誇りに思いました。
以上です。